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2005/12/03

水と霊によって新たに生まれる

水曜日は勉強会、テーマは「洗礼」でした。
秘跡は教会においてキリストが定めた儀式(しるし)です。このしるしと言うのは合格発表の番号のようなものです。このときの番号が学校と言う権威によって意味があるように、秘跡も教会の権威のあるしるしです。秘跡には以下のものがあります(説明はなかったですがこのほかにも叙階と結婚の秘跡があります)。

洗礼:水を使う
心の罪である原罪、つまり三浦綾子の「氷点」に描かれているような「業」が赦されます。水をそそぐことで精霊が来てくださります。

堅信:油を使う
信仰をもっと深くするもので、神と結ばれます。

聖体:パンとぶどう酒を使う
神と一つになる

赦し:ことばを使う
洗礼で原罪が赦されても傷跡はなくなりません。パウロが霊と肉の話(ローマ8・5-11)で述べているように、良いことをしようと思っていても人はついつい悪いことをしてしまいます。赦しの秘跡はその罪が赦されます。これは「あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る(ヨハネ20・23)」とイエスが言われたものです。

病者の塗油:油を使う
いやされます。

洗礼はイエスとニコデモ(ヨハネ3・1-21)にも、その記述があります。ニコデモはユダヤ人の議員ですが、死後の世界がわからないので自分が死んでからどうすれば幸せになるかをイエスにたずねようとします。ニコデモはまず

「ラビ(人生の先生の意味)、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」

と、質問の前にこれまでにイエスの行ったしるし(目や耳や足の不自由な人たちに行った奇跡)のことを言います。イエスは質問を聞く前に答えます。

「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることができない」

と述べます。洗礼は神の力の働きによって「水と霊によって生まれ変わる」ことで、キリストと共に生きるもの、キリストを生きるもの、キリストの後を生きるもの、キリストをまねるものになることです。

肉から肉が生まれ、霊から霊が生まれますが、洗礼は霊的な誕生です。洗礼を受けるかどうかは大きな奇跡と言えるほど、大きな違いだそうです。「お産」と同じでわかってする人はいませんが、後からわかるものだそうです。

モーセのころから神は見捨てません。人の子を信じるものは救われます。人の子は世を裁くためでなく救うために来られたからです。しかし、信じないものはすでに裁かれています。悪を行う者は皆、光(正しい行い)を憎み光の方に来ないからです。

洗礼は、罪を洗い流すだけでなく、水と霊によって新たに生まれる秘跡なのですね。

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