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2005/12/26

主の降誕のミサ(日中)

クリスマスのミサは3回ありました。私は、夫婦でイブ、子どもをつれて朝、の2回行きました。本来は別の内容だそうですが、25日の朝は「子どもとともにささげるのミサ」ということで、すべて「夜半のミサ」でした。

以前、お世話になったドミニコ嶋崎神父によると、「夜半のミサ」のほかに「早朝のミサ」「日中のミサ」があり、それぞれ朗読箇所が異なるそうです。私の場合は、睡眠不足、ろうそくの煙、前の席のむずかる子ども、の影響で、ねむい、煙たい、聞きにくい、とイブは集中できませんでした。このため、同じ内容を2回聞けたのはありがたかった面もありました。しかし、本来は別と言われると、ほかのミサにもあずかりたいのが人情です。

上記のドミニコ嶋崎神父のページには、主日の説教なるコーナーがあり、毎週、しかもなるべく当日に更新されています。そこで、もしかするとと思って行ってみると、25日に行われた「日中のミサ」のお説教が出ていました。

福音朗読は「言が肉となった」(ヨハネ1・1-18)です。これは「初めに言(ことば)があった」で始まる有名なところですね。嶋崎神父は、この部分をとても近代的に説明されています。神が言であり、光であることを、なんと「光ファイバー」とされています。これは、かつて無い例えではないでしょうか。光ファイバーのように、神の言葉と行いは、これからの未来を切り開くものでもあるのでしょう。

もちろん、イエス様には、「言葉や情報のやりとり」以外の「光」の側面もあるとされています。「わたしたちをすべてのものから解放し、わたしたちがその人らしく生きていくように招くメッセージです。このメッセージこそがクリスマスのメッセージであり、救いなのです」と。

無理に要約していますので、ぜひ上記ページをお読みください。

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