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2005/11/12

行動より内面 その2 ~キリスト教入門講座~

続きです。(出エジプト20・17-21)にあるように、人のものに手を付けてはいけません。欲望にはとどめがなく、不当に欲しがるようになると「貪欲」と言います。富や権力への執着はとめどない欲望につながります。そこで、第10戒は不正によってものを得てはならないとしています。

(コヘレトの言葉5・7-11)も「他人の物を手に入れない」と言っています。富を欲していると、欲望は胃拡張になった様に収益に満足しません。満足せずに貪欲になると、牛のまねをしたカエルの話のようにいつかはお腹が破裂してしまいます。生活できるだけで満足すべきです。

紀元前9世紀のダビデ王は部下の妻と姦淫を犯しました。神は悔い改めさせるために預言者ナタンを遣わせます。貧乏人のかわいがる子羊を、羊をたくさん持つ金持ちが盗んだとき、ダビデ王は4倍にして返させようとしました。ナタンはそうしさせたのはダビデ王の行いだとして、改心させたそうです。

(4倍と言うのは「徴税人ザアカイ」の話と同じですね。神父さまいわく、当時のユダヤでは損害を与えると4倍にして返したそうです<以前、Webで調べたときはだますのは、盗んだ場合の4倍より少ない率だったが、ザアカイが盗んだ人と同じように返すと言ったという解説もありました>)。

人のために差し出すと言う愛の業によって欲望と戦う必要があります。金持ちが大金を献金したのに対し、貧しい人は小銭しか献金しませんでしたが、イエスは「だれよりもたくさん入れた」と言いました。たとえ金持ちが大金を入れても、貧しい人のように生活費のすべてではないからです。欲望に打ち勝ち、自分のものにするのではなく、吐き出さなければなりません。

次回は、12月18日にある入門式の説明があるそうです。期間的にはぎりぎりですが、私も参加できるそうです。

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