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2005/11/13

神に与えられた1タラントン

今日のミサの福音朗読はタラントンのたとえ(マタイ25・14-30)でした。
主にお金を5タラントンあるいは2タラントン預けられた僕(しもべ)は、それぞれお金を増やしたが、1タラントン預けられた僕はそれを地中に埋めておいた。主人はその僕を怠け者としました。

この1タラントンは20年分の賃金に当たるお金で、能力のある人(タレント)をもあらわす言葉です。人は神から、手、足、目、口、臓器などを与えられ、触ったり、歩いたり、見たり、話したり、さまざまな能力を与えられています。この一生分の能力をきちんと生かしなさい、そういうお話です。今日は七五三ということもあって、お話がわかりやすかったです。

七五三の祝福をいただく時に子供たちが前に集まります。あらかじめ申し込んでいた子供だけでなく、7歳以下の子供は誰でも祝福を受けられるので、多くの子供が祝福されました。本来は横に並ぶはずだったようですが、ぞろぞろと子供たちが集まって神父様を取り囲み、その様子はまるで山上の説教のようでした。祝福を受けた子供たちはとっても幸せそうでした。

ミサの後で、ブレダ基金(フィリピンの買春児童を救うためにカレン神父が設立したNGO)支援のドライマンゴーを買いました。私も幸せをちょっとだけ分けてもらった気持ちがしました。

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コメント

さかばさん
こんばんは。いつも読ませてもらっています。遠藤周作についてたくさん書いておられますね。1週間遅れですが先週の福音朗読『タラントンの譬え話』についてトラック・バックさせていただきました。

投稿: ct | 2005/11/19 23:28

私も同感です。
ときには自分を認めることも
大切ですよね!!

投稿: ゆり | 2010/08/31 13:26

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明日はもう主日ですが,先週日曜日のミサの福音朗読は「タラントンの譬え話」という有 [続きを読む]

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