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2005/10/20

カトリックな夫婦

今日の勉強会は夫婦についてでした。
アダムとイブは別の性としてつくられた。その違いを尊重する必要があること、夫婦の依存性が示されているとのこと(創5-1)。

十戒で姦淫は禁じられていますが、精神的な姦淫も禁じられています(マタイ5-27)。ここの「もし、右の目があなたをつまづかせるなら、えぐりだして捨ててしまいなさい」という言葉は、映画「X線の目を持つ男」の最後に出てきますね。

洗礼をうけて結ばれた二人は、純潔の模範であるキリストを着ている(ガラテア3-26)といのは、洗礼により約束し、禁欲により純潔を実践したということだそうです。このようにキリスト教は婚前交渉を禁止しています。このほか、邪淫(倫理を外れる行い)、私通、ポルノ、売春
、強姦、同性愛を禁じています。ただし、興味本位でない同性愛者に対しては同情や思いやりを持つとのこと。

夫婦は愛と忠実を誓うものです(トビト8-4)。夫婦は出産を目的とするもので、出産と教育は親の責任で、計画出産は人工的なものをさけ、ナショナル・ファミリー・プランニング(いわゆるオギノ式)にすることがカトリックの考え方だそうです。アブラハムやイザラクもなかなか子供ができなかったように、子供は恵まれるもので、卵子や母体を貸すことはよくないとされている。どうしても子供がほしければ養子を迎えるそうです(考えはわかるのですが、医学的なものにはちょっと保守的ですね)。また、イスラムでは一夫多妻ですが、キリスト教は一夫一婦制です。

ユダヤの律法では姦通は石打ちの刑になりますが、イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」といわれ、誰もいなくなった後、女の罪を赦されます(ヨハネ8-1)。これは、心から悔い改めれば赦されること、過ちを犯した人に憐れみや寛大な心を持つことを示しています。

(おまけ)修道院に入ったり、神父になるには時間がかかるので、30才台半ばまででないとだめだそうです。

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