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2005/10/28

だまし取っていたら四倍にして返します

勉強会は第七戒「汝、盗むなかれ」と関連するお話で「徴税人ザアカイ」(ルカ19・1-10)です。

イエスを見るために先回りし、木に登っていたザアカイにイエスは「あなたの家に泊まりたい」といいます。ザアカイは喜ぶのですが、それを見ていた人が「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」と言うのに対し、ザアカイは「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」と言いました。

私有財産は、物欲によって働く意欲を抱かせる仕組みで、生活や老後の設計のために労働は必要です。しかし、自分のためばかりにお金を使わず、他人のために役立つように、恵まれない人に心を配るべきである。人は神の子としての連帯であり、家族であり、愛の手を差し出すのは当然で、そもそも人のものは神さまからもらった物ばかりである。誰にでも色々な可能性があるので誘惑に負けないように、欲と戦い、少しでも人のために富を差し出すべきでしょう、手放したお金が戻ってくることもあるかも知れないとのこと。

ザアカイの話は「盗み」ではないですが、ザアカイのように騙し取ったり、借りたものやを返さない、拾ったものを自分のものにする、商売でごまかす、あるいは、まちがったつり銭を自分のものにすることなど、人をごまかすことを含んだ戒めであるそうです。

(ヤコブ5・1)にあるように、キリスト教的生き方は、富に対する欲望とは相容れず、富に執着してもお金だけでは幸せになれません。イエスに会えた喜びを行動に示す必要があります。行いがなければ、信仰は死んだと同じです(ヤコブ2・14)。

今回の勉強会を通して、キリスト教では細かな律法を定めるのではなく、十戒のような大きな決まりを基礎に、その根底にある心を問題にしている、そんな気がしました。

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コメント

いい勉強会ですね。
ところで,「四倍にして返します」の4という数に何か意味があると昔聞いた記憶があるのですが思い出せません。どなたかご存じだったら教えて下さい。

投稿: ct | 2005/10/28 02:44

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