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2005/10/10

行いで変わるあなたの可能性

可能性は誰にでもあるが、ふさわしい行いが必要です。
昨日のミサはマタイの福音書22・1-14でした。イエスは天の国を、王が開いた王子のための婚宴にたとえます。王(神)は婚宴(天の国)に人々を招きますが、2度も呼ぶのに来ようとせずに家来を乱暴し、殺してしまった(旧約の預言者たちを迫害した)。そこで、王(神)は怒り、人殺しを滅ぼして町を焼き払った(紀元70年のエルサレム滅亡)。そして、招いた人がふさわしくなかったとして、誰でも招くと婚宴は客でいっぱいになった。【王は客の中に礼服(神の国に入るのにふさわしい行い)を着ていない人を見つけると外へ放り出し「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」といった。】これは、神様は誰でも招いてくれるが、神の国に入るのにふさわしい行いを心がけないと選ばれない。というお話です。

人の行いとして考えると、どんな人であっても可能性はある。しかし、チャンスが与えられても、ふさわしい行いをせずに可能性をつぶしてしまうのは自分自身である。ということだと思います。もう少し良い行いをこころがけたり、ほんの少しわがままを言わないことで、世界は変わると思います。自分からだけ見ないで、ほかの人と共感したり、少し話を聞くことで、色々なことがきっと良い方向に向かうと思います。

なお、【】のところは、もともと独立したたとえ話だったそうです。もともとは、町を焼き払った後に「見かけた者はだれでも婚宴につれて来なさい」と王(神)が言うように、キリストを受け入れなかったユダヤ人の運命と、異邦人にも救いがもたらされた歴史が描かれているようです。

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