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2005/09/30

洗礼

道ありきの主人公(作者)が洗礼を受けました。

彼と離れて入院していると、突然、別れた婚約者が現れます。すでに婚約者は別の人と結婚しているのですが、見ていられないのか毎日お見舞いに来てくれます。お互いに恋愛感情はないものの、親切にしてくれるので作者はお見舞いを楽しみにします。ある日、同室の女性たちの夫が別の女性と会っていおり、そのことに憤慨していることを耳にします。そのときは、昔の婚約者の奥さんを意識するものの、自分は悪いことをしていない、友情を維持したいと一旦は思った。しかし、ふと罪の意識が欠けている自分に気がつく。「罪の意識のないのが、最大の罪ではないだろうか」そう思ったとき、作者はイエス・キリストの十字架の意義がわかった。そして生まれ変わるために洗礼を受けます。

この展開は、私が教会に通い始めた経緯とよく似ています。自分の理屈では何も間違っていないのですが、知らず知らずのうちに人を傷つけていたのです。そのことに気づいた瞬間、自分の罪を認識できたのです。私はまだ洗礼を受けていませんが、このあとに続く、洗礼、牧師さまの祈り、賛美歌のシーンは目が潤んでしまいました。

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